あれから30年 その後のミニマリスト

節約しすぎないシンプルライフ

破って捨てる

ことばの定義にこだわる人はかっこ悪い、と聞いたことがあります。それでも、こだわってみましょうか。

断捨離を流行らせた人は、離を「物への執着から離れる」と定義しているようですね。守破離にも離が入っています。ところが、離がない方がわかりやすい。

断捨だけなら、入るのをカットして、すでにストックされているものを捨てれば、差し引き0に近づける。守破だけなら、ルールを守り技能を向上させることにより、ルールを超越するレベルに達することができる。

なじみのある3文字熟語ですが、どちらもコアの部分は2文字で表現できます。くっきりしたコントラストで理解しやすい。

そこに離を加えてみましょうか。断だの捨だのにこだわらず、2項対立にとらわれない境地に達する。ルールを守るでも破るでもなく、そもそも初めからルールなど存在しなかったように自由にふるまうことができる。

離を体現した人がいます。中島敦名人伝に出てくる紀昌です。弓を極めんとして、矢を放たずに鳥を射落とす不射の射ができる名人に入門しました。9年の修業ののち、故郷へと帰還し、「弓をとらない弓の名人」として有名になりました。ついには、弓の名前さえも忘れてしまったというお話です。

自分流に解釈すると、紀昌はボケちゃったんですよ。もし私が、断も捨もすっかり忘れてしまったら、自宅はゴミ屋敷になることでしょう。断捨の主体である私ごと捨ててくれる人を、今のうちに指名しておかなくてはなりませんね。