あれから30年 その後のミニマリスト

節約しすぎないシンプルライフ

遠い国に住む人たちの友情

日本代表DF長友佑都が所属するガラタサライは、5月にリーグ優勝。その勢いに乗って、ワールドカップでの大活躍を期待してます。

ガラタサライは、イスタンブールがホームタウン。トルコは欧州サッカー連盟に加盟しているので、来期はUEFAチャンピオンズリーグに出場できるのです。古巣のインテルと対戦する長友の姿を見られるかも。

サッカーのせいばかりではないでしょうが、ドイツに目を向けているトルコ人が多いようです。中には、日本に熱いまなざしを送る人もいるのです。「海難1890」という映画を見ると、そのあたりの事情がわかります。

 

海難1890

海難1890

 

 

 木暮正夫『救出―日本・トルコ友情のドラマ』も同じ題材です。

救出―日本・トルコ友情のドラマ (人と“こころ”のシリーズ)

救出―日本・トルコ友情のドラマ (人と“こころ”のシリーズ)

 

 

起 1890年 エルトゥールル号の海難


オスマン帝国から日本へ派遣されていた親善使節団はその使命を終え、帰路につく。しかし使節団を乗せた軍艦エルトゥールル号は台風に遭遇し、和歌山県紀伊大島の樫野崎沖で沈没。船の爆発音が島中に響き渡り、おびただしい数の死体と船の残骸が岸に漂着する。この地に暮らす医師・田村(内野聖陽)と助手のハル(忽那汐里)をはじめ村民総出で救出活動にあたった。この事故により69名が生き残り、500名以上が死亡。

承 山田寅次郎の募金活動


海難事故を受けて、山田寅次郎は民間から義捐金を集めて犠牲者の遺族に寄付することを思い立った。日本中で演説会をして回り、2年をかけて5000円(現在の価値で1億円に相当)の寄付を集めた。寅次郎は義捐金を携えてオスマン帝国の首都イスタンブールに到着し、オスマン帝国外相を訪ねて義捐金を届けた。その後もトルコにとどまり、士官学校で日本語を教え、貿易事業に携わった。


梨木香歩『村田エフェンディ滞土録』にも寅次郎が登場します。

 

 

転 1985年 テヘラン邦人の救出


イラン・イラク戦争下のイラン・テヘラン空爆が続き、トルコ大使館の職員ムラトと日本人学校の教師・春海(忽那汐里)は地下避難壕で出会った。イラクの大統領サダム・フセインは48時間後以降イラン上空を行く航空機は無差別に攻撃すると突如宣言。日本大使の野村(永島敏行)が要請しても、日本からの救援機はやって来ない。他国の人々は国外へ逃れていくのに、日本人は取り残されてしまった。野村からの要請にこたえ、トルコのオザル首相は救援機の派遣を決定した。

結 2011年 トルコ東部地震


10月23日、トルコ東部で大きな地震があった。被災者の救助のためにやってきた宮崎淳さんは、オッドアイヴァン猫で有名な町のホテルに滞在。11月9日の余震で建物が倒壊し、宮崎さんは亡くなりました。

遠い異国の地からトルコ人を助けにやってきてくれたのにと、現地のメディアで報道されました。そして国葬となり、病院や通りや公園に宮崎さんの名がつけられました。その後、宮崎さんにちなんだ学校も新設されました。

 

2011年の地震を知ったとき、救援物資をもって飛んでいきたい気分でした。アゴ・アシを確保できないので、無理な話なのですが。自分の中では、1985年の恩返しが果たせていません。

 

 

漂流するトルコ―続「トルコのもう一つの顔」

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