あれから30年 その後のミニマリスト

節約しすぎないシンプルライフ

論語は論外の外

ドラマ「孔子」では、南子という美女が出てきた。
60の爺さんが会いに行くのを、弟子たちが総出で引き留める。
シルバー婚に反対する息子たちのよう。

漢文の授業でも「論語」を読まされたけど、おもしろくなかった。
後世の儒教になると、もう頭痛が痛い。

論語は、孔子が亡くなってから編纂された書物。2500年前の弟子たちは、こう教えられた。
学習の順番は、詩、礼。到達目標は、仁。
詩とは、「詩経」。古い漢詩集を暗唱することで、人と話せるようになる。必修科目。
礼とは、「尚書」。礼を学ぶことで、人として立てる。選択科目。
仁とは、論語を見ても、意味がまちまち。
孔子本人でさえ、わかっていないのでは?
都合が悪くなると、それは仁だとか言って、ごまかしているよう。

宮城谷昌光の小説「孔丘」の方が、わかりやすい。
庶民が孔子に入門すると、
「壁に囲まれた暗い部屋に、マドをあけてもらい、はじめて外の景色をみたようだ」
知とは、感情世界に外光を取り入れるマドである。
「まず、知りなさい」
「つぎに、好みなさい」
「さいごに、楽しみなさい」言い換えると「和する」
個としての自立と、他者との調和をはかる。これが道。
まとめると、
貧しくても道を楽しみ、富んでも礼を好む
そういう人になりなさい。

貧乏すぎて、栄養失調で死んだ弟子の顔回。彼がもっと長生きして「論語2」を書いていれば、かなり違った内容になったろう。
いま出回っている「論語」は、自分勝手に読むしかない。
渋沢栄一のように。

現代語訳 論語と算盤 (ちくま新書)